トプコン ユニ(Uni)について


UNI
流通量も多く、比較的信頼性の高いレンズシャッター一眼レフ。

☆ジャンク度☆
ファインダーゴミだらけ
撮影可能


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直線基調で構成したボディラインだが、ちょっともっさりしている。

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 「Uni」のロゴがイタリックなのが若い世代にアピールしたポイントなのだろうか。
 重厚な「TOPCON」ロゴとミスマッチングである。

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 固定ファンも多いトプコールブランドが嬉しい。
 開放値の連動機構は無いので、ISO感度と開放値を手動で組み合わせる。

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 レンズ基部にシャッター速度設定リングを配置する。
 レンズシャッターはセイコー製。

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 ボディ上面はいたってシンプル。

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 まだホットシューではない。

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 電池蓋がプラスチックなのは強度的に不安である。
 裏蓋は底に位置するボタンをずらして押し込んで開ける。

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 ミラー背面には遮光板が付く。

 「ニコン」とういのは気が利いたネーミングだと思う。シンプルであり濁りが無く語感が良い。こういうのは光学機器、精密機器のブランドとしては追い風になっただろう。ウルサガタは「ツアイス=イコンの真似では」などとのたまうのだが、拙僧が世に生まれると同時期に「ツアイス=イコン」はカメラの製造を止めてしまった。なので「ニコン」の語感の良さは原体験なのであり、後天的なブランドのすり見込みではない。比べると「トプコン」は響きに弱いな。子供じみた印象を持つのは「カプコン」を初めに知ったからであろうか。言わずもがな「ニコン」は日本光学のブランドであり、「トプコン」は東京光学のブランドである。双方とも現在はブランドが会社名になっている。大学だとローカル度が強い方が格上の不文律があるが、日本光学よりも東京光学の方が格上かというと、ちょっと同じルールで評価するのは難しそうだ。勿論、東京光学が格下というわけではないのだが、残念ながら随分前に東京光学、つまり「トプコン」はコンシューマカメラからは撤退してしまった。
 東京光学の伝説を簡単に紐解くと、興ったのは太平洋戦争以前の1932年である。日本光学が設立したのは1917年というから古株になるが、老舗としての暖簾は負けていない。帝国海軍と三菱財閥の強い影響で設立された日本光学に対し、東京光学は帝国陸軍と精工舎を中心として設立となった。それ以前は日本光学が帝国陸軍にも光学機器を提供しており、帝国海軍との確執からして、帝国陸軍も抱えのメーカーを確保したかったのだろう。「隼」の中島飛行機に対する「零戦」の三菱重工業のように、「陸のトーコー、海のニッコー」と称されていたのは有名な話である。しかし、「零戦」だって中島飛行機がライセンス生産(なのか?)した数の方が多いそうだから、案外民間レベルでは融通し合っていたのかもしれないな。なにしろ、戦前の日本ときたら豆満江南岸の惨めな連中を笑えない程に何もかもが足りない中、総動員で連合国と戦ったのだ。鍋釜を溶かした粗悪な鉄で、エセックス級空母だけで2ダースも作れる国と戦ったなんて悪夢としか思えないな。
 東京光学は、三菱財閥をバックにつけた日本光学ほどには台所事情が豊かではなかったらしく、戦前からコンシューマカメラを製造している。とはいえ、ミニヨンなどというプリミティブなライカ判レンズシャッター機を見かけるのは稀であり、我々が気さくに目につくのは戦後のプリモフレックスあたりからだろう。プリモは大沢商会のブランドである。現在の我々の感覚では良くわからないのだが、戦前から戦後初期ではメーカーブランドよりもセラーブランドの方が力が強かったらしい。プリモフレックスは、リコーフレックスなどの中級あるいは中の下とは一線を画したややプレミアムなモデルとしてヒットし、50年代を通して随分と売れたようだ。東京光学が自社ブランドのカメラを本格的に市場に投入したのは、50年代前半に登場したトプコン35Aだとされる。35の名が示すように戦前のミニヨンの流れをくむライカ判レンズシャッター機である。当時は「風景画は画質にアドバンテージのある中判のラージフォーマットで」という時代ではないから、割と大雑把で大丈夫な120判カメラに対して、ライカ判カメラは精密度の高い高級機だったのだ。
 トプコンは安物路線ではなかったが、ライカタイプのフォーカルプレーンシャッターのレンズ交換式距離計連動機は出さなかった。ミニヨン系の、ごく少ないモデルでレンズ交換を可能にしたが、交換レンズは距離計に連動しない8cmのみであり、本格的なシステムカメラを目指したわけではない。距離計連動機のシェアに限りが見え始めた頃に、主軸を一眼レフカメラに移している。トプコンの一眼レフで有名なのはトプコンRシリーズだ。エキザクタマウントを採用し、フォーカルプレーンシャッターを搭載する。特に世界初の開放TTL測光を実現したトプコンREスーパーは、アクが強くゴージャスなルックスから根強いファンがいる。ボディのみでも完動品ならニコンF5より高いくらいだ。
 一方で、トプコンはレンズシャッターを採用した中級機を送り出している。オリジナルのトプコンRが登場したのが1957年。レンズシャッターを採用したトプコンPRが当時したのが1959年である。が、レンズは非交換で絞りもプリセット、クイックリターンも非搭載のプリミティブな一眼レフカメラである。ライカ判のレンズシャッターの一眼レフには、他にもコーワやマミヤ、ニコンのニコレックスなど複数のモデルが存在する。特にストロボ撮影でシャッター速度が稼げるメリットを生かしたのではなく、レンズシャッターの方が当時は安く済んだようだ。レンズシャッターの一眼レフは、コンタフレックス等を例外として、比較的に廉価〜中級モデルの位置づけだった。シャッター開いたり閉じたりする行程がフォーカルプレーンシャッターよりも多いのだから、かえって複雑になると思うのだが。実際、レンズシャッターの一眼レフは信頼性がイマイチで、上級機は別かもしれないがニコレックスやコーワなど、完全にジャンクの物が多い。比較的、廉価でひとまず撮影に堪えるのが、本カメラと後裔機のユニレックスである。それでも、ネットオークションあたりで確保する際は気を付けていただきたい。
 自動絞りも非対応だったトプコンPRだったが、ウィンクミラー、ウィンクミラーSと発展し、自動絞りにもクイックリターンにも対応した。本カメラが登場したのは1964年である。あまり知られていないが、世界で初めてTTL−AEを搭載したレンズ交換式一眼レフカメラである。一般的にはコニカFTAが最も早くTTL−AEを実現したとされているのだが、大人の事情があるのだろう。レンズマウントはUVマウントであり、本カメラの前年に登場したウィンクミラーSから導入されている。「UV」の意味するところは紫外線であり、初めから紫外線の影響を補正してあるのでUVフィルターが不必要なのが売りである。天下のトプコンにしてはちゃらい特徴だと思うのだが。
 外観で特徴的なのは厳ついルックスとフロントパネルに突き出したレリーズボタンである。扁平なペンタ部が大顔に見せて男性的である。全体的に角ばっており、背板が緩やかな船形を描いているのも印象を重厚に見せる。しかし、実際に手に持つと精密感がイマイチであり、中級機の素性が知れる。そういう意味で言うと、ニコマートFTはフィニッシュが雑に見えるけど、実際に手に取るとガッチリ感があって、流石のニコンの演出である。レリーズボタンが斜めに突き出ているように見えるのだが、これはペトリやプラクチカのように斜めにボタンを押し込むのではなく、そのまま下に下がる。こういうのも、ちょっと不器用に見えて損だなあ。
 レンズを外して目立つのはミラーのエッチングである。このスリットの奥の受光素子が露出を計算してAEを実現するのだ。本カメラが対応するのはシャッター速度AEとマニアル露出である。レンズ基部には絞りリングが存在し、「EE」ポジションの設定でAEが動作する。電源は今は亡きMR−9である。露出計の生存率は拙僧の戦訓だと50%である。ポジの厳密な露出を半世紀前のカメラ内蔵露出計で測るのは少々無理がある。ネガレベルではバルタの代用電池なり、電圧非補正のアダプターなりでも用は足りるだろう。ミラーにスリットが入っているせいか、ファインダーは少々暗い。本カメラはニコンのガチャガチャのようにレンズの開放値をカメラが自動認識する様なギミックは存在しない。マウント基部のISO感度と絞り値を手動で設定する。これによると、開放値は「2」「3.5」「4」の3種類しか存在しないことになる。実際にUVトプコールはこの3種類しか存在しないようだ。
 本カメラの決定的な欠点はレンズ脱着方法にあり、レンズ鏡筒に小さなリーフ状のレバーがあり、これを押し込むとレンズが外れるのだが、非常に軽いインパクトでも動作してしまい、危うくレンズを落としそうになった。ちょっと酷いなあ。それと、フラッシュ発光タイミングの「M」「X」「V」を切り替えるレバーがあるいのだが、これがずれやすい。「V」がセルフタイマーらしいのだが、これが設定してあるとシャッターが切れないので、故障かと焦る。
                 ☆           ☆
 今後、世界がどのように変わっても、レンズシャッター一眼レフが復興することは無いだろう。一眼レフだって「レフ」が無くなって「一眼」になりそうな雰囲気なのだ。
 レンズシャッター一眼レフが追っていた理想を試したくなったら、本カメラかユニレックスがお勧めであろう。コーワは壊れている可能性が高いし、マミヤやリコーは発見がそれこそ冒険である。

 
 撮影結果もご覧頂きたい。

(了:2012/5/24)

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