コダック レチナTaについて


Retina1a
単体距離計を装備し、戦闘行動中のレチナTa。

☆ジャンク度☆
不具合なし
撮影可能


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蛇腹というだけでレトロ感漂う。

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 レンズは嬉しいシュナイダー製クセナー50mmF3.5。

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 パララクスは軽減されているが、びっくりするほど小さいファインダー。

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 左右非対称のバーンドアというのがまたかっこいい。

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 常識的な上部レイアウト。
 距離計は搭載しないのでアクセサリーシューに単体距離計を立てる。

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 「Kodak」「Retina」のエンボスに萌える。

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 シンプル・剛健の男の後ろ姿。

 定期的に目測カメラが欲しい病にかかってしまうのだ。それも広角レンズではなく標準レンズの付いたものがいい。どうもAE搭載の電子シャッター式一眼レフを使う機会が増えると、ストイックで危ないカメラに魅かれてくるようなのだ。それに、目測カメラというのはライカ判にしろ中判にしろすこぶる安いのである。勿論、この安いというのは相対的なものであって、拙僧にとってはまとまった金額である。それでも拙僧にも手が届く価格帯というのが悩ましい。それでも、本来なら月に1台程度であれば妻も怒らないのだが、2010年は兎角目測カメラが増えた。全く面目ないのである。2011年は是非、撮る方面でお金を使いたいものだ。
 レチナは既にレチナIIaを持っていて全く不満のないコンディションなのだが、やはりネットオークションに掲載されている画像の、小さなファインダーが火傷しそうな危うさを感じさせてついビットを入れてしまったのである。送料込みで3000円というのは、この種のカメラとしては標準的な落札値であろう。
                 ☆           ☆
 レチナの歴史を簡単に紹介したい。そもそも、ドイツのナーゲルさんが小型カメラ製造のために立ち上げた会社が合併しコンテッサ=ネッテルとなり、更に複数のカメラメーカーと統合してツアイス=イコンとなったのは有名な話である。当時からツアイスは巨大財団であり、ナーゲルさんのように普及タイプの小型カメラに理想を持った方には居心地が悪かったらしく、独立してナーゲル社を設立する。バルナックさんだってライツに移籍したのだから大企業というのは何かと居づらいのだろう。ナーゲルのカメラというと、我々の前にたまに現れるのはベスト判のピュピレあたりだろう。クセナーやエルマーの付いた小ぶりなカメラはナーゲルさんの理想とするカメラ像が見受けられて好ましいものである。
 1931年にナーゲル社はコダックの傘下に入りドイツコダック社となる。ヨーロッパの中でもとりわけ当時のドイツは財政的に困難な状態にあったのだから渡りに船だったのだろうが、フィルム販売促進のために安く作りの良いカメラを製造したいコダックと、ナーゲル社の技術力がマッチしたのだろう。当時の言葉でいうと「フォルクスカメラ(国民カメラ)」の実現に弾みが掛かったのである。
 1934年には初期型のレチナが登場する。ピピュレ(瞳)に対しレチナ(網膜)とは生理学の発展したドイツらしい命名である。廉価とはいってもそれはコンタックスやライカのような高級カメラに比べての話である。一説によるとレチナの価格帯はコンタックスやライカの半値以下であったようだ。無論、初期のレチナも距離計や露出計の無いプリミティブなカメラだったのだろうが、シャッターにはコンパ―を採用し、レンズはテッサー型のシュナイダークセノンを搭載し、安いだけが取り柄のカメラとは一線を画していた。また、コダックがパトローネフィルムの普及を促進する意図もあったから、フィルム装填も簡便で、写真撮影の一般化を成功させたようだ。
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 本カメラは戦後のレチナシリーズの中でも最もベーシックなものである。レチナの命名はTが距離計の無い目測モデル。Uが距離計を搭載したモデル。Vが距離計と露出計を搭載したモデルとなっている。また、モデルナンバーに添えられたアルファベットはaが巻き上げれば―がボディ上部にあるモデル。bが巻き上げれば―がボディ下部にあるモデル。cがレンズ交換ができるモデルとなっている。後期のモデルではファインダーもデカくなったし露出計のスペースの都合もあってか巻き上げレバーは下部が定位置になったようだ。無論、巻き上げレバーは上部にあった方が何かと使いやすい。
 感心するのは釣り金具がボディに直付していることである。この頃のカメラというのはケース付きが標準的な使用らしく、釣り金具はケースにのみ取り付けられているモデルは多い。レチナやビトーなどの上位の中級機種は大切に使われていたらしく、ケースが残っている場合も多い。しかし、普及機や普通の中級機は吊り金具がボディには無く、ケースにストラップがケースに直付されているものも多く、経年劣化でストラップが擦り切れていると具合が悪いことになる。そもそも、ケースが無い場合が多いしな。その点、本カメラは今でも数百円で売っている釣り金具にモダンなストラップを組み合わせることができるので苦労知らずである。実際の撮影を鑑みた方がデザインしたのだろう。
 ボディを構えるとエッジの効いたボディが案外小ぶりなことに気付かされる。これは普段、蛇腹カメラ(ホールディングカメラ)と言えば中判カメラを手に取っているので手による認知が誤魔化されているのかもしれない。もっとも、レチナの初期のシリーズはヒマラヤ登山にも登板したそうだから、レンズシャッターの信頼性もさることながらコンパクトさも好評価になったのだろう。ボディ下部の銀色の小さなボタンを押下すると前面のドアが開きレンズがセリ出てくる。レチナTaには本カメラのシュナイダーのクセナー50mmF3.5の他にクセナー50mmF2.8とU.S.コダックのエクター50mmF3.5のモデルがある。無論、エクターが最も高価で本カメラが最も廉価なのだが、大きな銀に輝くシャッターユニットに小ぶりなレンズの組み合わせもキュートなものである。レンズ構成を断定しているコンテンツが不思議と見つからなかったのだが、3群4枚のテッサー型とするものもあった。全てのレチナはヘリコイド式の凝ったフォーカシングを採用しており、前玉回転式のものより焦点移動による画質の変化が少ないとされる。
 シャッターはシンクロコンパ―を奢っている。フィルムの巻き上げにより自動でシャッターがセットされるセルフコッキングを実現している。同世代の国産機では、割とお金のかかったカメラでもレバーでシャッターチャージを行わなければならなかった。高価なシャッターだったことは最速が1/500であることでも判る。但し、フィルムカウンターのリセットは手動である。逆算式でフィルムの装填時に撮影枚数をセットする。気を付けなければならないのは「1」までカウントダウンされてシャッターを切ると、それ以降シャッターは切れない。これはフィルムが無くなったことを知らせるアラームなのだろうが、知らないと焦るかもしれない。
 半円形のフォーカスレバーがカメラを構えてレンズの左側についている。常識的には近距離側にフォーカシングする際には人差し指で捲し上げ、遠距離側にフォーカシングする際には親指で押し下げるのであろう。拙僧の個体はグリスが下手っているのかヘリコイドは重い。ファインダーは背面から見ると小さな穴が開いており、ブライトフレームもないシンプルな構成である。勿論、距離計は内蔵されていないので目測で撮影するか、アクセサリーシューに単体距離計を差し込み、距離をヘリコイドに移す必要がある。レンズの格納はフォーカシングレバーを無限遠の位置に設定し、レンズボード上下の黒丸のレバーを指でつまんでスライドさせながら行う。
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 本カメラはクラシックカメラを扱う充実感にあふれたカメラである。ルックスも可愛いし、感露出や目測で失敗する楽しみもある。勿論、金属ボディと蛇腹で所有する喜びも満足なものである。
 6000円もするソビエト・ロシアのコンパクトカメラを複数所有するくらいなら、3000円で本カメラのような誠実な中級機を手にしてほしいものである。誰でも同じように写るカメラより、遥かに自分らしい写真が撮れるはずだ。

 
 撮影結果(岡崎公園編)もご覧頂きたい。

(了:2011/1/4)

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